教科書の悪文について

2016.08.22 Monday ◇ 日本語Edit

東京新聞(8.21)に『教科書 読み取れない』『中学生 複雑な文章苦手』という大きな記事が載っていた。「中学生の半分近くが教科書を正しく読み取れていない」というので、それならば、ゆゆしき問題のようにも読める。日本の中学生はまだ発展途上のロボット知能程度の能力だともいう。

しかし記事はどうも歯切れの悪い文章が続くので、途中で、記事の別枠に例示してある、教科書からの試験問題3問を読んでみた。

 

どうということはない、教科書の文章というのは、悪文の見本のような文章である。

 

現代の悪文の代表例は、要するに、英語文の関係代名詞を直訳したときに複雑怪奇な構文となるような、あの文章のことである。
そこで3つを検討してみよう(画像参照)。

1は、正答率はかなり高かったらしい。
「太陽の400万倍の質量もつ」が「ブラックホール」に係り、「太陽の」の直前に句読点もあり、わかりにくさは少ない。「太陽の400万倍の質量もつ」と断定的な強い表現があるが、文末は「推定されている」と弱い表現になるのがやや奇妙な感がある。おそらくは「太陽の400万倍の質量もつ」ものが存在することは様々な観測結果から明白なことなのだが、太陽のように光を発しないので、仮に「ブラックホール」と呼んだ、というような経緯が反映されてのことかもしれない。

 

2は、正答率 中学生53% 高校生81%。
宗教名と地域名という「主語〜目的語」の組み合わせが3組並列し、最初の2つは「述語」を省略し、文末に1つだけ「おもに広がっている」という「述語」がある。3つの並列文の中には、「東南アジア、東アジアに」という並列表記が入り箱のように入りこんでいる。この地域名の区切りは読点(、)であり、3つの並列文の区切りも同じ読点である。「東南アジア・東アジアに」と中黒点を使えば少しわかりやすくなるという意見もあるだろう。「仏教は、東南アジア……」というふうに主語の後に読点を入れるとよいが、入れないのは、読点が多すぎてしまうためだろう。
知識があれば、「仏教は東南アジア、東アジアに、キリスト教は」とくれば、「東アジアに」の次に何が省略されているかは想像がつく。しかし中学生では無理かもしれない。
(なお、文章内容の問題として、オセアニアをキリスト教で代表させるのはいかがなものか。)

 

3は、正答率 中学生9% 高校生33%。かなり低いが、一般の大人も意味を知らないようなアミラーゼ、グルコースといった専門用語があり、中学校の国語科のテキストとして適当かどうか問題があろう。
後半の文、「同じグルコースからできていても、形の違うセルロースは分解できない」というのがわかりにくいわけである。
文頭の「アミラーゼという酵素は、」で主語を示す読点があると少しわかりやすいだろう。
末尾の「セルロースは分解できない」の「は」は、目的語を示し、「デンプンを分解するが」の「を」と同じである。2つの並列文なのだが、目的語を示すのに「を」と「は」で助詞が異なる。「は」は、並列文のうち一方を強調したいときなどに使うものであるが、「セルロースを分解することはできない」と「は」の位置を変更すれば少しわかりやすくなる。

 

以上、新聞記事に取り上げられた3つの例文を見た限りでは、問題なのは、教科書の悪文であろう。

 

これらの悪文を、関係代名詞を用いた英語文に翻訳し、その英語文を、英語のロボット知能に解読させてみたとき、日本語のロボット知能より良い結果が出るような気がする。それは人間に対しても同様で、日本の児童よりも、英語圏の児童のほうが成績が良いことになりそうである。
あるいは、英語文を、日本語の悪文で翻訳し、「世界共通試験問題」として日本の児童に課すとしたら、どうなるであろうか。

 

(蛇足) 例文3で「中学生の正答率9%」といのは、四者択一の問題にしては低すぎないか。

 


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