東日本大震災から5年半。
また、同時に起きた東電福島原発の大事故は、戦後日本の最大の挫折といふべきなのだらう。

岩手県のどこだったか、海岸より少し高いところに明治時代の津波のときの石碑があり、この場所より低い所に家を建ててはいけないと文字が刻まれてあるらしい、といふことを最初に知ったのは、2003年ごろのNHKテレビ番組だった。文字は和歌の形式の文句であり、番組録画をしてし、自サイトの「歌語り風土記」に追加しようと思ったのだが、HDレコーダーは買ったばかりで操作を誤って消してしまった。

震災後まもなくのころ、漫画家の水木しげる氏が週刊誌でこの石碑のことにふれ、昔の人の言葉は貴いのだから守らなければいけないと語るのを読んだ。実際は明治の戒めは守られずに、津波の被害は繰り返されたのである。
そのころ、宮本常一の本で、昭和初期の東北の津波の記録を読むと、塩釜付近の海岸地域の略地図が掲載され、津波被害を受けた範囲が図示してあった。この地もその後に海に沿って集落ができた。
なかなか表現が難しいのだが、昔の漁師たちは海で死ねたら本望といふ気持ちがあったのかもしれない。現代人とは多少異なる死生観があったのだらう。死後の世界がより身近なところに存在したような、江戸時代の子返しなども、現代の価値観で批判するのは問題がある。
石碑の戒めは、新時代のインテリによるヒューマニズムなのだと理解できる。

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