<一昨日の続き>

『和漢朗詠集』の「子日付若菜」に載る菅原道真の詩。

 

「松樹に倚り、以て腰を摩で、風霜の犯し難きを習ふ」

 

について、
やはり落語の「寿限無」に出てくる「五劫の擦り切れ」を連想した。
松の樹に倚りかかると、樹皮は堅くて、悠久の昔から天女が衣を掛け、長い長い年月にわたってもなほ変ることのない松樹。
たしか菅原道真自身も、九州太宰府への旅の途中で、衣を掛けたといふ衣掛松の伝説の地もあったと思ふ。ほかにも旅をした幾人もの歌人に、衣を掛けて将来を祈ったといふ、同様の伝説がある。

 

『和漢朗詠集』の「壬生忠岑の和歌については、さておいて、
江戸時代の鈴木春信の絵に書かれた和歌がわかりやすい。

 

 子(ね)の日とて今日引きそむる小松はら木たかきまでを見るよしもがな

 

年の始めに野辺で小さな松を引いて、家の庭に植ゑる。その木が高く成長した将来の姿を見る方法はないものか、といふ。
後世の者からいへば、よく成長した松を目の前にして、誰が植ゑたのだらう、植ゑた人に見せたいものだと思ふこともあらう。


関連する記事
コメント
コメントする








   

selected entries

categories

archives

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM